When I Dream ~reprise~

ノンジャンルで書いていこうと思っております。
ネサラゲサラ関連、MUSIC、社会ネタ、過去投稿にはmRNAコロナワクチン、両親の介護生活など、
いろいろ書いているので参考にして頂けたら幸いです。

10年一昔:あの頃の介護

levie

10年ぶりに仕事を始めて新ためて覚え直す事があったり、久々の外での人間関係に疲れたり、あんまり考える事がなくなってたけど、2016年の9月下旬にlevie母が小脳出血で手術入院になって、介護が必要になる現実を考えて某所の仕事をスッパリ辞めたのだった。levie父には介護はムリだなと思ったし~。levie妹も働いてたけど相談せずに決めた(微笑)あの場所には辟易としてたし、自己リーディングでも辞める選択をするだろう事が出てたから(微笑)その頃はlevie父はまだ普通に元気で庭いじりしてたなぁ…。介護に関わる申請や手続きはlevieが受け持って…、夕飯の支度もするようになったんだった。ガラリと生活スタイルが変わったけど、仕事を辞めた事を悔いる事は全くなかった(微笑)で、10年前の今頃に、武蔵野日赤から小金井リハビリテーション病院へ転院したのだった。10年一昔…、ん~~ちょっと懐かしいかな…。まさか介護をする事になるなんて考えてもいなかったけど、毎日欠かさず日赤とリハビリテーション病院には顔を出して、コンビニで見つけた足つぼマッサージの本を見ながらlevie母の足のマッサージをしたっけなぁ…(微笑)


始めて約尽くしだったけど新鮮でもあったし、リハビリを見学して、生の現場を見れたのもよかった。オペから回復していく過程、血色が良くなっていく過程、麻痺していた左半身の手と腕、足が少しづつ感覚を取り戻して動かせるようになっていく過程も見れた。もしかしたら、少なからずは足つぼマッサージも効果はあったのかもしれないな(微笑)最初は流動食で、少ししたら嚥下訓練が始まって、後に普通食に変わっていって…、けどlevie母は好き嫌いが多くて、味の好みでも病院食はあまり食べたがらないから、病院食のメニュー表を見て、昼時か夕時に、levie母の好みそうなおかずの差し入れをするようになって…(微笑)あっもちろん病院の許可はもらったよ。里芋やカボチャの煮物とか、メカジキの煮物とか、豆類なんかを(微笑)


10年前のこの時期はまだ高カロリー流動食で、便秘になりやくて苦しんでもいたっけなぁ…。半身麻痺に苦悩もしてたかもしれないけど、その内に治る、元通りになると思っていたようだったな。いつになったら普通に歩けるようになるかなぁ??ってよく言ってたし。←早く家に帰りたいとも言ってた→けど眩暈が一向に改善しなくって、リハビリ訓練で立ったり座ったりの動作をするだけで体幹が揺れて、首がカクカク動いてしまったり、眩暈で動けなくなったりで、早く家に帰りたい、とは言わなくなっていったと思う。


リハビリテーション病院には、levie母の毎日のスケジュールを確認してあらゆる時間帯に行ってたなぁ。他の入院滞在者の家族で、毎日顔を出す人は皆無だったようで…、levieは特異な人になっていたみたいだ(微笑)故にリハビリ技士さんやヘルパーさんとは親しくさせてもらってた(微笑)普通は、家族が仕事してたら毎日なんて顔を見せに行けないよなぁ。levieはどんなリハビリをしているのか見たかったから行ってただけなんだけど、結果的には役に立ったかな…。


思い返し始めるといろんな事を思い出すなぁ(微笑)オペ直後は身体のあちこちがちょっと浮腫んでいたりとか、身体をうまく動かせない事で不安を感じてたり、家族に迷惑をかける事に引け目を抱えていたりね…。病み上がり的な表情がだんだん和らいでいったり、転院する頃には笑顔を時たま見せるようになったり、嚥下訓練の嫌そうな顔とか…、鼻のチューブの交換はホントに嫌がって大騒ぎだった事もあったなぁ。←物凄く痛くて苦しかったよう→訓練の1つの座っての足踏みは左半身では…、動かしている自覚が薄かったりもしてたけど、足の裏の感覚が少し戻って振動を感じられるようになった時の嬉しそうな顔、左腕が動かせるようになり、左手でグーパー出来るようになって、握力も10k弱くらいに回復したんだったかな??、その時の笑顔は今でもたま~に思い出すなぁ(微笑)


一口に介護と言っても、疾患や後遺症で全然違うし、ケアマネさんもいろんな人がいるのは事実だし、家族や親戚の関わり方、口の出し方も千差万別…。施設に入れりゃぁいいってわけでもない。知ったかぶっていろいろ言ってくる人もいたけどね~、最終的にはlevieはキレたよ(苦笑)←あまりにも酷い言い方をしてきたから→levie母が、毎日を普通に穏やかに過ごせれば…、そう思って接したつもり。levie母の心の奥底には、推し量れないモノがあったんだろうけど…。


噂のメドベッドが早くに登場していたらなぁって、今でもたま~に思ってしまう事がある。亡くなってからは4年半ちょっとになるけど、その昔とは違って具体性が増してきてはいる2026年かね??。実物がお目見えしない事には信じられないという人が大多数だろうけど、医療の現場はまだ、特に変化は見られない。今行ってるトコにはその兆候すら無いよ。薬や手術での大儲けはやめられないって事かなぁ??。生命保険会社も間違いなく潰れるだろうし…、医療従事者はほぼ解雇だろうしなぁ。年内に公表されるかどうか、って線らしいよ。メドベッド。


あっ、levie父の命日が1週間前だぁ…。コロッと忘れていた(バカ)levie父も丸4年が経つのかぁ…。levie父には晩年はあまりいい想いをさせてあげられなかったんだよなぁ。介護で衝突してしまいがちだったから…。もうちょっとでも歩み寄っていたら…(苦笑)